LOGIN金色の稲妻が、青空を裂いた。
「ぎゃあああああ!」 ことねぇは頭を抱えてしゃがみ込んだ。 轟音が山を揺らす。 祠の前に立つ祖母の足元へ、雷が落ちた。 ――そう見えた。 けれど、地面は焦げていなかった。 祖母も無事だった。 雷が貫いたのは、祖母の背中にまとわりついていた黒い影だった。 『ギィィィィッ!』 耳をつんざくような声。 影は苦しげに身をよじり、祠の奥へ引きずり込まれていった。 扉が勢いよく閉まる。 静寂。 ことねぇは恐る恐る顔を上げた。 「……生きてる?」 「生きてるわよ」 イズミが答える。 「ことのは?」 「生きてる」 「おばあちゃんは?!」 祖母はその場に膝をついていた。 三人は駆け寄った。 「おばあちゃん!」 イズミが肩を支える。 祖母は顔を上げ、孫たちを見た。 「……どうして、ここへ」 「おばあちゃんが心配だったから!」 ことねぇが答える。 「手紙を見たんです」 イズミも言った。 祖母は目を閉じた。 「来てはいけないと、書いたでしょう」 「でも!」 ことねぇは言い返しかけた。 そのとき。 『だから言っただろ!』 頭の中に、男の声が響いた。 「うわっ!」 ことねぇは飛び上がった。 「また出た!」 ことのが振り向く。 「何が?」 「知らない男!」 『まだ知らない男扱いかよ!』 「だって知らないし!」 『俺はお前を――』 声が途切れた。 ことねぇは眉を寄せる。 「……何?」 返事はない。 「おーい?」 『……何でもねえ』 「言いかけたじゃん!」 『気にすんな!』 「気になるわ!」 イズミがことねぇの肩に手を置いた。 「ことねぇ。誰と話しているの?」 「さっきの声! 雷の男!」 祖母の表情が変わった。 「……雷?」 ことねぇは頷いた。 「口が悪いの!」 『おい!』 「あと、うるさい!」 『お前にだけは言われたくねえ!』 「何よ!」 ことのがぽつりと言った。 「……似た者同士?」 「どこが?!」 ことねぇと男の声が、同時に叫んだ。 ことねぇは固まった。 「…………」 『…………』 ことのは首を傾げた。 「今、誰かと声が重なった?」 「……気のせい!」 『気のせいだ!』 「だから真似しないで!」 『してねえよ!』 イズミは困ったように微笑んだ。 「……とにかく、ここを離れましょう」 祖母も頷いた。 「ええ。日が暮れる前に」 ことのが祠を見上げた。 「中にいたの、何?」 祖母は答えなかった。 ただ、閉じた扉を見つめた。 「……古い約束を、忘れたものです」 それ以上は、何も語らなかった。 四人は山を下りた。 帰り道、ことねぇは何度も空を見上げた。 雲はない。 雷も、もう鳴らない。 「……ねえ」 小さく呼びかける。 返事はない。 「雷の人?」 沈黙。 「……さっきは、ありがとう」 その瞬間。 耳元で、小さな声がした。 『……おう』 ことねぇは足を止めた。 さっきまであんなに騒がしかったのに。 今の声は、妙に優しかった。 「……何よ」 『何が?』 「普通に喋れるんじゃん」 『俺はいつも普通だ!』 「嘘つけ!」 ことねぇは思わず笑った。 その笑い声を聞いて、イズミが振り返る。 「どうしたの?」 「何でもなーい!」 ことねぇは駆け足で姉に追いついた。 胸の奥が、少しだけ温かかった。 神社へ戻ると、祖母は三人に温かいお茶を淹れた。 「今日は、もう休みなさい」 「おばあちゃんは?」 イズミが尋ねる。 「少し、調べたいことがあります」 祖母は古い鍵を手にしていた。 神社の奥にある、普段は使われていない蔵の鍵だった。 ことのがそれを見つめる。 「……また一人で?」 祖母は少し驚いた顔をした。 ことのは続けた。 「危ないことなら、教えて」 ことねぇも頷いた。 「そうだよ。私たちだって巫女なんでしょ?」 イズミが祖母の手を取った。 「全部を今すぐ話してほしいとは言いません。でも、おばあさまだけで抱え込まないでください」 祖母は三人を見渡した。 そして、静かに笑った。 「……そうですね」 鍵を、机の上に置く。 「明日の朝、蔵を開けましょう」 ことねぇの目が輝いた。 「えっ、宝探し?!」 「違います」 「古文書?!」 「おそらくは」 「お宝じゃん!」 ことのが呟いた。 「お姉ちゃん、古文読めるの?」 「……雰囲気で!」 「読めないんだ」 「イズミお姉ちゃんがいる!」 「私任せなのね」 三人の笑い声が、社務所に広がった。 祖母はその光景を、どこか懐かしそうに見つめていた。 その夜。 ことねぇは布団の中で、黄色い髪飾りを指先で回していた。 昨日、瀬川先生が届けてくれたものだ。 「……雷の人」 小さく呼んでみる。 返事はない。 「ねえってば」 沈黙。 「……もう寝た?」 『寝てねえよ』 「うわっ!」 ことねぇは布団を跳ね上げた。 「いるならいるって言ってよ!」 『呼んだの、お前だろ!』 「そうだけど!」 『何だよ』 ことねぇは少し考えた。 「……名前、何ていうの?」 長い沈黙があった。 『……今は、言えねえ』 「何それ。秘密主義?」 『事情があんだよ』 「ふーん」 ことねぇは枕に頬を埋めた。 「じゃあ、雷様って呼ぶ」 『好きにしろ』 「雷様」 『おう』 「雷様?」 『何だ』 「雷様ー」 『だから何だよ!』 ことねぇは、くすくす笑った。 「呼んでみただけ」 『……お前なあ』 呆れたような声。 けれど、怒ってはいなかった。 ことねぇは天井を見上げた。 「ねえ、雷様」 『ん?』 「私、昨日、人のこと大嫌いって思っちゃった」 返事が止まった。 「そしたら、その人、死んじゃって」 ことねぇは髪飾りを握りしめた。 「私のせいだったら、どうしようって」 しばらく、何も聞こえなかった。 やがて。 『……お前が、誰かを嫌いになることくらいあるだろ』 低い声がした。 「でも……」 『嫌いだと思うのと、殺すのは別だ』 ことねぇは目を瞬かせた。 『何が起きたか、まだ分かってねえんだろ?』 「……うん」 『じゃあ、全部自分のせいにすんな』 胸の奥が、きゅっとなった。 ことねぇは布団を鼻まで引き上げた。 「……雷様」 『何だよ』 「今の、ちょっとかっこよかった」 『……は?』 「ちょっとだけね」 『ちょっとかよ!』 「調子に乗るから!」 『乗らねえよ!』 「絶対乗る!」 『お前、ほんっと……!』 ことねぇは声を殺して笑った。 笑っているうちに、目尻から涙がこぼれた。 怖かった気持ちが、少しずつほどけていく。 「……ありがと」 今度は、返事がすぐには来なかった。 やがて、照れくさそうな声がした。 『……おう』 ことねぇは目を閉じた。 不思議だった。 名前も知らない。 顔も知らない。 なのに。 この声を聞いていると、安心する。 まるで、ずっと昔から知っている誰かのように。 「……おやすみ、雷様」 『おやすみ』 その声は、驚くほど優しかった。 遠い神域。 黒と金の衣をまとった男が、雷雲の上に座っていた。 短い黒髪。 金色の瞳。 鳴雷は、片手で顔を覆っていた。 「……雷様、って」 口元が緩む。 「相変わらず、変なあだ名つけやがって」 彼の手のひらには、小さな黄色い光が灯っていた。 ことねぇの髪飾りと、同じ色。 鳴雷はそれを大切そうに包み込んだ。 「……早く、思い出せよ」 そして、少しだけ寂しそうに笑った。 「俺のこと、名前で呼んでくれよ。ことねぇ」『今度こそ、ちゃんと顔を見て言うから』雷鳴とともに、鳴雷の声が消えた。「……え?」ことねぇは夕焼けの空を見上げた。「ちょっと待って。何を言うの?」返事はない。「雷様?」沈黙。「そこ一番大事なところ!」ことねぇが叫ぶ。ことのが隣で首を傾げた。「告白じゃない?」「こ、告白?!」「愛してるって、もう言ってたけど」「それは三人まとめてだったじゃん!」イズミが困ったように笑う。「まとめて、ではなかったと思うけれど」「じゃあ何?! プロポーズ?!」「もう結婚してるらしいよ」「そうだった!」ことねぇは頭を抱えた。恋愛の順番がおかしい。顔も知らない。名前も知らない。付き合った記憶もない。なのに結婚している。「乙女心を完全に置いていってる!」「何の話?」ことのの冷静な声が刺さる。そのとき。ドン――。再び山が揺れた。三本の光。青。金。赤。それらは夕空を貫き、やがて一つの円を描き始めた。祖母が本殿へ走る。「三人とも、中へ!」「おばあちゃん、あれ何?!」「神域と人の世を隔てる門です!」ことねぇの足が止まった。「……門?」イズミが息を呑む。「では、向こう側には……」祖母は答えなかった。答える必要もなかった。水の音。雷鳴。そして、炎が爆ぜる音。三姉妹には分かった。――いる。あの向こうに。自分たちを知っている三人が。「高龗様……」イズミが呟く。ことのも胸元に手を当てた。「火の人……」ことねぇは空を睨んだ。「雷様!」ドォン!「返事くらいしなさいよ!」バリバリバリッ!「雷で返事すんな!」ことのがぼそりと言った。「会話成立してる」「してない!」祖母が本殿の扉を開いた。三人が中へ入る。神前には、古い神楽鈴が置かれていた。誰も触れていない。それなのに。ちりん。鈴が鳴る。青い光。ちりん。金色の光。ちりん。赤い光。三度目の音が響いた瞬間。神前の空間が歪んだ。「……何?」ことねぇがイズミの袖を掴む。歪みの向こうに、別の景色が現れた。どこまでも広がる水面。雷雲に包まれた金色の空。赤い花が咲き乱れる庭。三つの景色が重なっている。そして。そこに。人影があった。三人。「……嘘」イズミが震える。最初に姿を現したのは、水の中に立つ男だっ
『三十年の修練を終えし時、花嫁は再び神域へ帰る』イズミは、もう一度その一文を読んだ。蔵の中が静まり返る。ことねぇが古文書を覗き込んだ。「……つまり?」誰も答えない。「二十歳から五十歳までが三十年でしょ?」「そうね」イズミが頷く。「私たちが巫女として務める期間と一致するわ」ことのが続ける。「五十歳になったら神域へ行くんじゃなくて……帰る?」「そう書いてあるわね」「…………」ことねぇは腕を組んだ。そして。「意味が分からん!」「私も」ことのが即答した。「だよね?!」祖母は古文書を見つめたまま動かなかった。「おばあちゃん?」ことねぇが呼ぶ。祖母はゆっくり顔を上げた。「私も……この記述を見るのは初めてです」「え?」「三田村家では代々、五十歳になった巫女は神域へ召されると伝えられてきました」イズミが尋ねる。「おばあさまも、そう教わったのですか?」「ええ」「では、帰るという意味は……」「分かりません」祖母は首を横に振った。ことねぇは天井を見上げた。「雷様ー」『なんだ』返事が早い。ことねぇは目を細める。「聞いてた?」『……まあ』「説明して」『無理』「なんで?!」『まだ話せねえ』「またそれ!」ことねぇは頬を膨らませた。「妻だの結婚式だの言うだけ言って、肝心なところ全部秘密じゃん!」『それは……』「私たち既婚者なんでしょ?」『…………』「そこもまだ黙る?!」ことのが横から言った。「昨日、結婚式したって自白してた」「そうだった!」『自白って言うな!』ことねぇは腰に手を当てた。「じゃあ質問!」『嫌な予感しかしねえ』「私たち、いつ結婚したの?」『…………』「何歳?」『…………』「どこで?」『…………』「新婚旅行は?」『知らねえよ!』「そこだけ答えた!」イズミが笑いを堪えている。ことのは真顔だった。「次、私」『お前もか?!』ことのは桜色の桐箱を見る。「火の人」『……ああ』「私たち、夫婦なの?」『…………』「はいか、いいえ」逃げ道を塞いだ。しばらくして。『……はい』ことのが固まった。ことねぇが叫ぶ。「認めたー!」「うるさい」「ことの人妻じゃん!」「お姉ちゃんもでしょ」「あっ」『今さらかよ』雷様の呆れ声が聞こえた。イズミ
「……寒くないよ」ことのがそう答えると、桐箱の中の銀糸が淡く光った。『……よかった』今度は間違いない。男の声だった。低く、穏やかで。焚き火のそばにいるような、不思議な温かさを持った声。ことのは桜色の花嫁衣装を見つめた。「……誰?」『…………』「聞こえてる?」『聞こえている』「じゃあ、誰?」『……今は、言えない』ことのは眉を寄せた。「また?」『また?』「イズミお姉ちゃんの人も、ことねぇの雷様も、名前を教えてくれない」少しの沈黙。それから男は、わずかに笑った。『そうか。あいつも黙っているのか』ことのの目が細くなる。「知り合い?」『……しまった』「知り合いなんだ」『忘れてくれ』「無理」『そうだろうな』妙に素直だった。ことのは少しだけ笑った。その様子を、離れたところからことねぇがじっと見ていた。「…………」イズミが気づく。「どうしたの?」「ことのが一人で喋ってる」「声が聞こえているのでしょう?」「うん」「なら、邪魔をしてはいけないわ」「でも気になる!」ことねぇはじりじり近づいた。「どんな人? イケボ? 年上っぽい? 優しい? 俺様?」「うるさい」「ことの冷たい!」ことのは姉を無視して、桜色の衣へ視線を戻した。「あなた、火の神様?」『……なぜそう思う?』「この服、炎の模様だから」『なるほど』「あと、触ると温かい」『熱くはないか?』「うん」『ならいい』また、それだ。寒くないか。熱くないか。この人は、ずっと自分の心配をしている。「……変な人」『そうか?』「自分のことは何も言わないのに、私のことばっかり気にしてる」声が止まった。「どうして?」返事はない。ことのは待った。急かさず、ただ待った。やがて男は静かに言った。『……大切だからだ』ことのの頬が、ほんの少し赤くなった。「…………」『ことの?』「何でもない」『具合が悪いのか?』「悪くない」『暑い?』「暑くない」『なら――』「心配しすぎ」『……すまない』謝るんだ。ことのはますます困った。もっと怖いものだと思っていた。神様というものは、人間を見下ろして、命令して、怒れば祟るものだと。けれど。この声は、あまりにも優しい。「……じゃあ」ことのは小さく尋ねた。「あなたのこと
「……眠い」翌朝。ことねぇは朝食の席で、盛大なあくびをした。「昨日、何時に寝たの?」イズミが尋ねる。「分かんない」「また夜更かし?」「ちょっとお喋りしてた」ことのが箸を止めた。「誰と?」「雷様」「…………」「…………」ことのは味噌汁を一口飲んだ。「友達できてよかったね」「その言い方やめて!」イズミは困ったように笑った。「昨日の声の人?」「そう! 名前は教えてくれないんだけどね」「何を話したの?」「えーっと……」ことねぇは少し考えた。昨夜のことを思い出す。怖かった気持ち。雷様の言葉。それから、何度も名前を呼んで遊んだこと。「……内緒!」ことのが顔を上げた。「何で?」「何でも!」「怪しい」「怪しくない!」イズミが微笑んだ。「仲良くなれたのね」「まあね!」ことねぇは得意げに胸を張った。その瞬間。パチッ。箸の先から、小さな火花が散った。「いたっ!」ことねぇが手を引っ込める。ことのは冷静に言った。「静電気の友達もできたね」「いらない!」イズミが笑いを堪えていると、廊下から祖母の声がした。「三人とも、食べ終わったら蔵へ来なさい」三姉妹は顔を見合わせた。昨日の約束だ。古い祠。川から現れた白い手。そして、雷の声。祖母は、何かを知っている。ことねぇは残りのご飯をかき込んだ。「よーし! 宝探し!」「古文書を調べるのよ」イズミが訂正する。「分かってるって!」ことのが立ち上がった。「お姉ちゃん、口にご飯ついてる」「えっ、どこ?!」「反対」「こっち?!」「反対」「もう取って!」ことのはため息をつきながら、姉の頬についた米粒を取った。神社の蔵は、本殿の裏手にあった。重い木の扉。錆びた金具。祖母が鍵を差し込むと、乾いた音が響いた。ぎい、と扉が開く。中には古い箪笥や木箱が並んでいた。埃っぽい匂い。高い窓から、細い朝日が差し込んでいる。「うわあ……」ことねぇは目を輝かせた。「本当にお宝ありそう!」「触る前に聞きなさいね」イズミが言う。「はーい!」ことのが棚を指さした。「……あれ、何?」奥の棚に、三つの桐箱が並んでいた。それぞれの蓋には、異なる模様が彫られている。水。雷。炎。祖母はその前で足を止めた。「……まだ、残っていたのです
金色の稲妻が、青空を裂いた。「ぎゃあああああ!」ことねぇは頭を抱えてしゃがみ込んだ。轟音が山を揺らす。祠の前に立つ祖母の足元へ、雷が落ちた。――そう見えた。けれど、地面は焦げていなかった。祖母も無事だった。雷が貫いたのは、祖母の背中にまとわりついていた黒い影だった。『ギィィィィッ!』耳をつんざくような声。影は苦しげに身をよじり、祠の奥へ引きずり込まれていった。扉が勢いよく閉まる。静寂。ことねぇは恐る恐る顔を上げた。「……生きてる?」「生きてるわよ」イズミが答える。「ことのは?」「生きてる」「おばあちゃんは?!」祖母はその場に膝をついていた。三人は駆け寄った。「おばあちゃん!」イズミが肩を支える。祖母は顔を上げ、孫たちを見た。「……どうして、ここへ」「おばあちゃんが心配だったから!」ことねぇが答える。「手紙を見たんです」イズミも言った。祖母は目を閉じた。「来てはいけないと、書いたでしょう」「でも!」ことねぇは言い返しかけた。そのとき。『だから言っただろ!』頭の中に、男の声が響いた。「うわっ!」ことねぇは飛び上がった。「また出た!」ことのが振り向く。「何が?」「知らない男!」『まだ知らない男扱いかよ!』「だって知らないし!」『俺はお前を――』声が途切れた。ことねぇは眉を寄せる。「……何?」返事はない。「おーい?」『……何でもねえ』「言いかけたじゃん!」『気にすんな!』「気になるわ!」イズミがことねぇの肩に手を置いた。「ことねぇ。誰と話しているの?」「さっきの声! 雷の男!」祖母の表情が変わった。「……雷?」ことねぇは頷いた。「口が悪いの!」『おい!』「あと、うるさい!」『お前にだけは言われたくねえ!』「何よ!」ことのがぽつりと言った。「……似た者同士?」「どこが?!」ことねぇと男の声が、同時に叫んだ。ことねぇは固まった。「…………」『…………』ことのは首を傾げた。「今、誰かと声が重なった?」「……気のせい!」『気のせいだ!』「だから真似しないで!」『してねえよ!』イズミは困ったように微笑んだ。「……とにかく、ここを離れましょう」祖母も頷いた。「ええ。日が暮れる前に」ことのが祠を見上げた。「中にいたの、
「絶対に行っちゃ駄目だからね」ことねぇは腕を組み、妹に念を押した。「分かってる」ことのは答えた。「古い祠には近づかない。日が沈んだら外出禁止」「そうそう」「で、お姉ちゃんは?」「私は行く」「……は?」「ちょっと様子を見るだけ!」ことのは無言で姉を見つめた。「何?」「今、自分で何て言った?」「絶対に行っちゃ駄目」「その三秒後は?」「私は行く」「…………」「…………」ことのは深く息を吐いた。「おばあちゃんに言う」「待って待って待って!」ことねぇは慌てて妹の腕を掴んだ。「違うの! これには深い事情が!」「どんな?」「……好奇心?」「却下」「即答!」二人が言い争っていると、廊下の奥からイズミが現れた。「朝から何を騒いでいるの?」「お姉ちゃん!」ことねぇが駆け寄る。「ことのが冷たい!」「また?」「またって何?!」ことのはイズミを見た。「ことねぇが祠に行くって」イズミの笑顔が消えた。「……ことねぇ?」「はい」「おばあさまのお話、聞いていたわよね?」「聞いてました」「では、どうして?」ことねぇは視線を逸らした。昨夜から、気になっていた。山の中腹。篝火が灯った場所。あそこで男が死んだ。祖母は近づくなと言った。けれど、何があるのかは教えてくれない。「……私のせいかもしれないから」小さく呟くと、イズミが黙った。「昨日の人」ことねぇは俯いた。「私が大嫌いって思ったから、死んだのかなって」ことのも口を閉じた。「もし、あの祠に何かあるなら……」「ことねぇ」イズミが妹の手を取った。「一人で確かめに行く必要はないわ」「でも」「私たち、三姉妹でしょう?」イズミは優しく笑った。「何かあるなら、三人で考えましょう」ことねぇは目を瞬かせた。「……お姉ちゃん」「だから、勝手に行ってはいけません」「はい」「約束よ?」「はい!」ことのが横から言った。「返事だけはいい」「ことの!」そのとき。ゴロゴロ……。遠くで雷が鳴った。三人が窓の外を見る。空は晴れている。「……雷?」ことのが呟いた。ことねぇは肩をすくめた。「やだなあ。雷、苦手なんだよね」「さっきまで山に行こうとしてた人が?」「山と雷は別問題!」「どっちも危ないけど」「理屈で攻めないで!」イ